宝物・文化財

当山は、多くの文化財を所蔵じております。古本類(鎌倉時代から)は約三千点・古文書類は約三千点を数え、真言宗の最高儀式「潅頂」に使われた法具、鎌倉・室町・江戸の掛け軸、仏像、仏具を今日に伝えております。
また、諏訪高島藩の祈願寺であったので、藩主関連の文化財も数多く所有しております。神宮寺の廃仏毀釈の際には、当山に普賢堂本尊本地普賢菩薩像・如法院本尊・蓮池院本尊をはじめ、数多くのものが移管されております。
文化財は諸堂並びに宝物殿にて公開しております。宝物殿は毎年展示内容を交換しております。

長野県宝

伝運慶作 不動明王立像

でんうんけいさく ふどうみょうおうりつぞう

文化庁の故松島健氏により運慶の可能性が高いと発表された不動明王像。鎌倉時代初期の慶派の作であることは確定している。近年の調査により体内に納入品が確認されております。現在、運慶自身の手によるものか研究がつづけられている。諏訪家の一族が鎌倉幕府の重職をしていたので、幕府から諏訪家、諏訪家から当山に運ばれた可能性が高い。諏訪湖鎮護祈祷の本尊。松島氏著「運慶の挑戦」やNHK「そのとき歴史が動いた」等で紹介された。

長野県宝

普賢菩薩騎象像

ふげんぼさつきぞうぞう

諏訪大社上社神宮寺如法院本尊。鎌倉時代 院派の作。如法院は普賢秘密山如法院と称し上の坊といわれる諏訪大社上社神宮寺の塔頭(枝院)。諏訪大社本宮内の御神体の鉄塔(現、温泉寺安置)に写経を奉納する役割を持ち、特別な寺院とされていた。

諏訪大明神御本地普賢菩薩

すわだいみょうじんごほんちふげんぼさつ

諏訪大社上社神宮寺普賢堂の本尊。この像が、古来より諏訪大明神そのものとして祀られてきた。廃仏毀釈の際、玉眼などを抜かれてしまった。普賢菩薩像には文禄二年(1593)の銘が刻まれているが、台座の白象は鎌倉時代(1292)のものと考えられている。一説によると諏訪大社神宮寺に陣を張った織田信長が、諏訪大明神の軍神としての力を恐れ、破壊した。その後、再彫刻されたため、白象は古く普賢菩薩像は年代が下るという。諏訪大明神本地普賢菩薩・文殊菩薩等の移管状も現存する。

安土桃山の庭

諏訪地域で最古の庭。各所に安土桃山時代の面影を残すが、歴代住職が少しづつ改変した。池泉回遊式庭園で、桃山時代の住職が智積院玄宥と親密な交際があったため、どことなく智積院庭園に似ている。石組みの技法・様相ともに県下随一と称される。池の中央部には、江戸時代の鶴石組みと亀石組みがある

前庭

●天然記念物「夫婦大銀杏」 諏訪大社大祝庭の銀杏と夫婦という伝承をもつ大銀杏。秋にはたくさんの実を結び、その実を食べると、子孫繁栄・子宝成就・夫婦円満になるという。大変見事な紅葉となる
●大ケヤキ 樹齢三〇〇年以上と伝う大ケヤキがある。落雷にあったとも、火災にあったともいわれるが、いまでも樹の勢いは衰えない「生命の大ケヤキ」である。

絹本着色釈迦三尊十六善神画
(長野県宝)
(三幅)
諏訪頼忠公(初代藩主の父)より拝領したもので、中幅は南北朝時代、脇幅二対は室町時代とされる。
すべてにおいてよく描かれている。「長野県史」「日本中世絵画の新資料とその研究」など、多くの書籍で紹介されている。写真は中幅
清昌院筒守り 清昌院は八代藩主諏訪忠恕の正室、忠誠の母。陸奥白河藩三代藩主で、寛政の改革で有名な老中久松松平定信の娘。清昌院が白河藩より高島藩に嫁入りの道具のひとつとして用意した。大・小の二つがある。清昌院が死去する際に、時の当山住職に遺物として下賜された。
絹本着色怒天神画 第九代藩主忠誠公よりの拝領品。もとは九代藩主忠誠の節句の際に義父松平定信より贈られたと考えられる。作者は狩野尊信。根本縁起「北野天神縁起絵巻」の姿である。
藩主什器 当山は歴代藩主の祈願寺であるとともに、お花見の場所、松茸狩りの休憩所、遠乗りの際の休憩所であったため、藩主専用の什器を作製した。藩主ごと梶の紋が若干違うのが特徴である。
その他の仏像 秘仏竜宮石大日如来(伝弘法大師御作)
秘仏薬師十二神将(室町時代)
秘仏諏訪第一荒神(木喰仏)
毘沙門天像(室町時代)
清涼大師像(諏訪大社如法院)
高島弁財天(高島城より移管)
藩主念持仏聖観音(高島城に祀られる。四代忠虎公寄進)
諏訪大社上社神宮寺普賢堂文殊菩薩像(伝弘法大師作)
諏訪大社上社神宮寺蓮池院本尊大日如来(江戸時代)
聖観音像(江戸時代)
聖徳太子像(江戸末期)
歴代藩主寄進大聖歓喜天九体
二代目立川和四郎作宇賀神
十一面大観音
真言八祖像(八体・江戸時代、火災により三体は大正時代)
理源大師像(江戸時代以前)
掛け軸・古写経 紺紙金泥古写経4点(鎌倉時代)
十二天画(十二幅・室町時代)
真言八祖画(八幅・室町時代)
文殊菩薩画(鎌倉時代)
十二天屏風(二双・江戸以前)
洛中図屏風(江戸時代)
両部大曼荼羅(室町以前)
敷曼荼羅(江戸時代・智映上人御筆)
星供曼荼羅(江戸以前)
大涅槃図(江戸時代)
将軍地蔵画(藩主寄進・江戸時代)
愛染明王画(江戸時代)
釈迦三尊画(三幅・伝狩野探幽)
昇鯉(二幅・伝狩野尚信)
虎(狩野一渓)
水墨画(狩野信矩)
五大明王画(室町時代)
阿字(伝明恵上人御筆)
宝鏡寺宮筆山号
伝弘法大師御筆不動明王二幅(年代不明)
伝弘法大師御筆愛染明王(年代不明)
伝弘法大師御筆両界曼荼羅(年代不明)
伝弘法大師御筆阿弥陀佛名(年代不明)
伝弘法大師御筆鼠心経(年代不明)
伝弘法大師御筆吽字(年代不明)
諏訪高島藩関係 円檀(九代藩主忠誠公寄進)
四代藩主忠虎公書
五代藩主忠林公書
松平忠輝奉納羽子板(仏法紹隆寺本尊薬師御宝前)
諏訪頼忠公安堵状
歴代高島藩主安堵状(寺領50石)
藩主什器(櫃・椀・花見弁当・盆等)
藩主茶碗(布志名)
藩主茶道具
古文書約三千点(室町~)
諏訪家伝来弘法大師御衣(九代・十代藩主連名寄進)
聖天奉納刀備前国住長船祐定短刀(天文元年)
聖天奉納刀相州住人綱廣作之短刀(天正二年)
聖天奉納刀美濃関刀脇差(江戸時代)
真言宗関係 智積院中興玄宥書簡
(智積院の中興の祖玄宥が当山十一世尊朝に送る)
智積院日譽書簡
(日譽から尊朝へ)
大般若経六百巻
(市文化財・鎌倉~室町にかけて書写)
沙石集(南北朝時代)
笈 (江戸時代)
潅頂用敷曼荼羅(江戸時代)
天冠一対(江戸時代)
龍頭一対(江戸時代)
象香炉(江戸時代)
常香盤(江戸時代)
潅頂檀(江戸時代)
仏器類(江戸以前~)
潅頂道具(江戸時代)
古写本類三千点(鎌倉~)
古文書類三千点(室町~)
諏訪大社神宮寺関係仏具(江戸時代~)
諸山管長書(江戸~)
印信類
江戸の庭 安土桃山の庭を増庭したもの。この二つの庭は全体で「心」という字(心の字池)となる。
一つ一つの石組みに住職の想いが詰まっている。大正九年の大火災の後を残す切株がある。
明治・大正の庭 もともとは瓢箪の形をした庭だったが、普賢堂建立にあたり改庭。現在では、二つの池となる。
池のほとりに水子地蔵尊が祀られる。
昭和の庭 普賢堂建立にあたり作庭。不動の滝があり、滝の傍らに不動三尊像が祀られる。
植木の構成による庭となっている。アララギ派の歌人五味保義は「夕山にたづさはり来つ年久に願へることはかくしづかなる」と詠み歌碑が建立されている